相手に持っているイメージを手放そう。

先生と呼ばれる

阿吽の気づき:「先生」と呼ばれる人って偉大なんだろうけど、傲慢で人を見下す人ってイメージを持っていたんだ。だから「先生」と呼ばれたくなかったんだよね。

阿ちゃん、この間仕事でね。

僕「先生」て呼ばれたんだよ。

 

吽くん、予備校のアルバイトの時、

散々呼ばれていたでしょ?

 

そういうのとは違うの。

呼ばれた時に、

なんか違和感があったんだもん。

 

どんな風に感じたの?

 

それがね、相反するようなこと。

「僕は先生と呼ばれるほど偉大じゃない。」

「先生と呼ばれる人は、傲慢で横柄。」

出来ない人を見下すような気がしたんだ。

 

「先生」に、偉大さと傲慢さ、

両方のイメージを持っていたのね。

 

僕は「先生」と呼ばれたくないと思った。

でも、ホントは…

自分のイメージの「先生」になるのが

嫌だったんだ。

 

知り合いのペットのネコちゃんに、

「先生」て名前がいるよ。

 

僕は「先生」と呼ばれる人に、

偏見を持っていたって気づいた。

「先生」に対するイメージを手放します。

イメージの風船に取り付けて…

宇宙まで、飛んでいっちゃった。

 

吽くん、「阿ちゃん先生」て

呼んでもいいよ。

 

肩書、敬称なんてどうでもいいことなんだよ。

すべての人が、生徒であって、

先生でもあるんだもん。

学びに気づくかどうかだけ。

 

じゃあ、みんなが私に教えてくれてるんだ。

誰かが私を見て学んでる。

みんなで遊んでるみたい。

 

僕は相手に敬意を払うよ。

どんな年齢でも、どんな人でも。

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